コネクテッド・インク2023のテーマは、「森にかえる」。そのオープニングは、CEOの井出が京都の森を訪れた際のエピソードから始まりました。
森の生体を学ぶ中で、森に知性が宿っていることを知った井出は、そこに巨大な生命体の存在を感じたといいます。生命体にとって、鍵となるコマンドは「増えること」と「継承すること」。森もこれに従って大きくなっているのではないだろうか。同時に、自分たちが今生きる社会も同じなのではないかと感じた井出は、「人間はどうだろう?」と問いかけます。人間も同じ生命体として、永遠の成長と継承に支配されている存在なのでしょうか。井出は、こう続けます。
「違うと思います。なぜなら、僕たち人間は創造することができるのです。成長と継承に貢献しなかったとしても、生産性と効率性から離れていたとしても、僕たちは創造し続けます。生命体というシステムの中で、創造することは、何も役に立たないバグかもしれません。でも、体の奥底からワクワクするんです。大切で、美しくて、愛おしい、僕たちのバグ。」
「創造すること。それは人間が持っている崇高なバグである。」
2023年11月、コネクテッド・インクに再び集まった仲間たちと一緒に、クリエイティブ・カオスの森へかえった記憶からいくつかの記録をお届けします。
※コネクテッド・インクとは、2016年よりワコムが主催する、アート、人間表現、学び、そしてそれらを支えるテクノロジーの新しい方向性を模索するイベントです。2020年より、「創造的混沌(クリエイティブ・カオス)」をテーマに、毎年新たな問いを掲げ、開催しています。
知の森をともに育てる(Z会グループ/ワコム)
2021年にZ会専用タブレットを共同開発したことをはじまりに、毎年コネクテッド・インクで新たなサービスを発表しているZ会グループとワコム。コネクテッド・インク2023では、WILL™(Wacom Ink Layer Language)を活用した、情報同士をグラフ形状で可視化する「ナレッジグラフ」と暗記を超えた知識学習を実現する「学び検索チエノワ」を具体例に、「森にかえる」という問いかけになぞらえて、三つの特徴が紹介されました。
一つ目は「知の連関」。情報の関係性から学習理解を深める「学び検索チエノワ」がお届けするのは、部分と全体の有機的結合を可視化した「木を見て森を見る」体験です。二つ目は「知の多様性」。森が支える多様な生命があるように、そこには教科の枠を越えた知の多様性があります。そして、三つ目は「知の想像」。Z会グループは、最高の教育というミッションの中で、正解を見つけるだけではなく、身につけた力をどう生かしていくか、想像力を大切に考えています。勉強を通して知のネットワークを刺激する体験を提供することで、想像力をも育む知の森をともに育てていきたいという思いが語られたセッションでした。
作品「森」を通して見るKISEKI ART 2023の 深化
2021年から毎年アップデートを重ねてきたKISEKI ART。2023年は、イラストレーター・ktymさんが描いた作品「森」を使い、その進化を紹介しました。
CLIP STUDIO PAINTを使って記録した作品の創作ログに含まれる、1万7千近いストロークの情報から、筆圧、Undo(元に戻す)の回数、ツール変更の回数、色変更の回数、デジタルペンの状態(ペンが離れている、接地してる等)、速度の6つの情報を抽出。大きな変化が起きた箇所に着目し、創作の過程で起きたことを調べたところ、創作時にはわからなかった心理的な変化が起きていたことを発見しました。KISEKI ARTは、どのように描いたかという創作過程の変化だけではなく、どのような気持ちで描いたかという作者の心理的変化に気がつくきっかけになることがわかりました。
KISEKIデータを用いたVRアート表現「Metamorphosisの森にかえる」
コネクテッド・インク2023を機に公開されたVRChatワールド「Metamorphosis」。「Metamorphosisの森にかえる」をテーマに作られたVR空間では、創作の特徴量を生き物に置き換え、KISEKI ARTと人工生命を組み合わせて表現された世界を楽しむことができます。
ワールドの中では、クリエイターが制作したデジタル作品を大きなサイズで鑑賞できるほか、ひとつひとつのストロークの特徴から再解釈し生成された人工生命が現れます。人工生命は、ストロークに含まれる特徴量から自動的に生成され、生まれた生命はワールドの中央にある玉に集まっていきます。ブースでは、KISEKI ARTのストロークに命が吹き込まれ、森となって広がる体験をお届けしました。
高校生たちが創作を通して考える「森にかえる」
二つの力強い問いかけから立ち上がったコネクテッド・インク2022の特別な世界には、「優しい結界」が張られているのだと代表取締役兼CEO の井出は言います。そこでは、感情も領域も属性も、世界や人間の不思議でさえも、あらゆるものが受け入れられるのです。
浜松学芸高等学校は、「森にかえる」から「溶け込む」という解釈をした動画作品を制作。森はあたたかく、安心できる場所というイメージから、絵本をテーマに創作しました。実際にみなで森を訪れ、現実から森という太古に戻っていったときに、そこから還元される童心や素直な気持ちを作品に込め、表現してくれました。
大宮光陵高等学校は、同校の卒業生でもあるアーティスト・梅沢和木さんに参画いただき、美術家、音楽科、書道科の学生で制作した大型作品を発表しました。普段の授業では、アナログで制作をしており、液晶ペンタブレットを使った制作は初めてという学生も。本制作は「ペンタブ・アートプロジェクト」と名付けられ、森を題材とした「循環」をテーマに、デジタルとアナログを横断した制作が行われました。学生たちが互いに作品を発表し、鑑賞し合うことで得たインスピレーションを元に制作を繰り返し、生まれた作品をコラージュしたり、絵の具等でペイントをしたりして完成させました。楽譜、絵、書など、それぞれの学科の特色が詰まった作品となりました。
どんな音が、光が、匂いが、ささやきが、そこに満ちている?
そして、もう一度、ここから出る。森の向こうに見えるものは何?
コネクテッド・インク2023のエンディングとなるステージでは、るんびにい美術館アートディレクター・板垣崇志さんとアーティスト・小林覚さんによる、森からの手紙がみなさんへ届けられました。手紙は、ガリ版という印刷方法で、一枚ずつ手で刷られたもの。「人間は森を出て、何を忘れてきたのだろう?」というメッセージとともに、手紙はこう締めくくられます。
「おかえりなさい、新しい旅へ」。
「森にかえる」とは何だったのでしょうか。森の向こうには何か見えるのでしょうか。コネクテッド・インク2024のテーマは「日常」。森にかえった後は、仲間たちと再び日常にかえります。