Wacom Yuify:
Making the world a safer place for creators

 


目に見えないマイクロマークを作品に埋め込むことで、誰が、いつ、どのように制作したのかといったクリエイターの創作の証を記録することができるサービス「Wacom Yuify」。クリエイターが情熱をかけて制作した作品を守りたい、安心して創作を続けられる世界を作りたいというチームメンバーの心の灯りを起点に開発が始まりました。

創作の証と一口に言っても、地域や文化、クリエイティブの慣習などによって、記録したいものは異なるのだといいます。そのような多様な要望に応えようと取り組むのが、ETC(Extended Core) チームと呼ばれる地域や部門横断型のチームです。2024年度中のサービス展開を目指し、日本と欧州でそれぞれプロジェクトを主導する、Business Finance & Analysis所属の石井亮次とValue Proposition & Services所属のAvinav Khanalに開発について聞きました。


Wacom Yuifyとはどのようなサービスですか?

石井:Wacom Yuifyは、クリエイターの創作の証や作品の背景・ストーリーを記録するサービスです。目に見えないマイクロマークを作品に埋め込むことで、誰が、いつ、どのように制作したのかがわかる仕組みで、クリエイターのデジタル著作権の保護につながるようなサービスを目指して開発中です。

技術としては、独自のウォーターマークや自己主権型ID(Self-Sovereign Identity、SSI)といった分散型ID(Decentralized Identity、DID)などの新しい技術を採用しています。これまでオンライン上の多くのサービスでは、サービスごとにIDが発行され、IDの発行者によって中央集権的に管理される中央集権型ID(Centralized Identity)による管理が行われてきました。そこにブロックチェーン技術を組み合わせることで、個人がIDを管理し、必要な情報を必要な範囲で共有することを可能にしたのが分散型IDです。Wacom Yuifyは、世の中的にも新しいサービスで、作品の保護、権利の付与や管理を通常の制作フローの中で実現できるよう、日々改良を重ねているところです。

   

 

開発のきっかけを教えてください。

Avinav: きっかけは、クリエイターの制作プロセスに寄与する何かを作りたいという思いでした。よりよい制作環境を整えるにはどうすればよいのか、デジタル著作権を守るにはどうすればよいのかということを考えていました。同時に、黎明期であったブロックチェーンの技術を活用して、デジタル著作権の保護をできないかという議論が社内でありました。当時、この分野で確立したサービスを提供する企業はほとんどありませんでした。一方で、そういったサービスが必要とされていることをワコムユーザーの声から認識していました。そうして、チームが結成され、調査と新しい技術の研究が始まりました。クリエイターに必要とされているものの、簡単には解決できない課題で、誰もやっている人がいなかったという事実が、開発へのモチベーションにつながっていきました。


どのようなチームで取り組んでいるのですか?

石井: 社内でETCと呼んでいる、部門や地域を横断したチームで取り組んでいます。ユーザーのニーズやクリエイティブの慣習に合わせて、主に地域ごとに活動を進めています。Avinavは欧州、私は日本のユーザーを対象にしたサービス開発を目指していますが、各地域の特性を活かしつつ、連携して進めています。私自身の主な役割は、パートナーである株式会社セルシスと協力して、日本市場に合わせたサービスの開発・提供を進めることです。

Avinav: 石井さんの説明の通り、地域ごとに活動を進めていますが、ひとつのETCチームとして協力しています。アプリ開発はブルガリア、技術開発はイギリス、法律については日本など、地理的なチーム構成の事情もあって、お互いに協力して、柔軟に進められるようにしています。


部門を越えた多様なチームメンバーで構成されていますね。自身はどのような経緯でチームに参加することになったのですか?

石井:私は特殊な例だと思います。本来の任務であるBusiness Finance & Analysisの仕事として、会社のソフトウエア技術ロードマップの会議に参加した際に、デジタル著作権管理という新しい技術の話が出ました。偶然にも、関連する日本のスタートアップ企業を知っていたことから、プロジェクトを所轄するInk Divisionの責任者に紹介することになり、私自身もチームの一員として参画することになりました。

Avinav: 私が参加することになったのも、社内での偶然の会話がきっかけでした。プロジェクトが立ち上がる少し前に、分散型IDの技術を使った自己主権型IDに関するワークショップを開催し、デジタル著作権の保護について学び始めました。その発展の先に生まれたのがWacom Yuifyというプロジェクトだと思います。


現在の開発の状況について教えてください。

Avinav: ユーザー・インターフェース(UI)の観点でいえば、60%くらいの進捗状況でしょうか。サービスとしてまだ完璧ではないものの、すでに一定の価値を提供できるところまではきていると感じています。法的な課題や、発展を続けている技術でもあるため、制約もさまざまありますが、サービスとしての優れた側面に目を向け、改善を続けているところです。ハードウエアとは異なり、ソフトウエアやサービスの場合は、完成を目指すというよりは、改善し続ける努力が重要だと考えています。残りの40%にはその努力がかかっていると思います。石井さんはどう思いますか?

石井: 進捗としては50%くらいでしょうか。実際にベータ版を提供できるところまで開発が進んでいますし、目指すべき方向に進んでいると思います。残りの50%の課題は、サービスをどのように市場に展開し、発展させ、改良を続けていくかということだと考えています。


欧州ではWacom Yuifyベータ版を公開しています。ユーザーからの反応はいかがですか?(ベータ版の公開は2023年11月時点)

Avinav:Wacom Yuifyは、ユーザー起点でサービス開発を行っており、そのタッチポイントとして、ベータ版の配布やワークショップを行っています。2022年に、日本、アメリカ、欧州でクローズドベータテストを行い、Wacom Yuifyがユーザーにとって「使える」サービスであることを直接の声から学びました。一方で、ユーザーが求めるものには地域差がありました。例えば日本では、制作の背景を記録に残すことに興味を示すユーザーの声を聴くことができました。アメリカのユーザーからは、作者の特定や権利の管理といった機能に関心が寄せられました。ユーザーの関心はWacom Yuifyが持つさまざまな機能に分散されていたのですが、興味深いことに否定的な意見はありませんでした。非常に好意的な評価をいただけたことで、Wacom Yuifyというサービスの価値を実感しました。

それを受けて、2023年4月に欧州でオープンベータ版の配布を開始しました。現状、ワークショップ参加者を対象にご案内しており、ユーザー数は多くはありませんが、今後発展を目指し、計画を練っているところです。


地域や文化によって、サービスに対する需要が異なるのですね。

Avinav:ソフトウエアのインターフェースの動作が地域によって異なるというような、技術的な側面によって生じる体験の違いもあれば、文化の違いに関連するような、作品の権利に対する認識の違いやクリエイティブコミュニティーの在り方の違いなどがあります。

石井:地域差があることに関しては、いくつかの側面があると考えています。日本のユーザーに関して言えば、Avinavの話にもありましたが、権利の管理よりも別の側面にサービスの価値を感じていただけるのではないかと考えていました。というのも、パートナーであるセルシスとも議論をする中で、作品の保護や管理ももちろん大切なものの、趣味で創作を楽しむユーザーも含んだ、より多様なユーザーに訴求するような楽しいサービスにできないかという思いがありました。そこで、作品の権利だけではなく、制作の背景や作品への思いといったものを記録できたら面白いのではないかというアイデアが生まれました。

また、昨今、AIによる画像生成が話題となっています。AIについての賛否を唱えたいわけではないのですが、クリエイターである人間は、自身の情熱を燃やして作品をつくっています。作品にはさまざまな思いが込められていて、今の時代、作品の背後にあるそういった思いにこそより大きな価値があるのではないかと考えています。Wacom Yuifyで作品の背景を記録することには意味があると感じています。

生成AIへの関心の高まりがWacom Yuifyの開発に与える影響はあるのでしょうか?

Avinav:ここ数年で、クリエイティブ業界における生成AIの流れは急速に進化しました。関心がなかったわけではありませんが、Wacom Yuifyはすでにプロジェクトとして進んでいたので、この流れは想定外のことでした。時を同じくして、作品を保護するWacom Yuifyが誕生したため、注目を集めることになったのではないかというのが率直な感想です。開発の途中段階で、CEOの井出がサービスの構想について話す機会がありましたが、欧州ではSNSなどですぐに話題になりました。すでにクリエイター周辺では生成AIに関する議論が行われていて、大きな関心ごとのひとつでした。多方面から、「人間」が作った証になるのではないかという声が寄せられ、Wacom Yuifyというサービスへの期待を実感しました。

AIについては、反対の声もあれば、賛成の声もあると思います。また、現時点では、AIが人間の課題をすべて解決できるわけでもありません。クリエイターたちも、さまざまな意見のはざまで、AIの今後の動きに注目しているのではないかと思います。私たちもAIについて議論する際には均衡をうまく保つ必要があります。実際にAIが普及した際に、その世界がどのようになっていくのか、注視していきたいと思います。

石井: 私たちとしては、クリエイターが安心して、楽しみながら、より快適に制作が続けられることを願っています。Wacom Yuifyの主な機能としては、権利の保護ではありますが、クリエイターが安心して制作を行なえるようになることが理想の形です。ワコムのライフロング・インクの約束ともつながるのですが、長い長い時間をかけて、クリエイターの制作を支えていきたいと考えています。


Wacom Yuifyの開発における自身の目標があれば教えてください。

Avinav: 私には非常に明確な目標があります。あらゆるコンテンツがWacom Yuifyに記録されて、誰でも作者を簡単に知ることができる世界を作りたいと思っています。そうなれば、インターネットの画像検索でクリエイターの名前を調べることも不要になりますし、クリエイターの作品を共有することへの不安も拭うことができます。また、クリエイターがWacom Yuifyを使って自分の作品であることを証明できれば、作品の悪用も難しくなります。

石井:素晴らしい目標ですね。個人的には、Wacom Yuifyをサービスとしてローンチさせること、お墨付きを得て、会社のビジネスにつなげることが短期的な目標です。すでにこの任務にとりかかっているところですが、Wacom Yuifyは、ワコム一社ではなく、さまざまなパートナーとともに進めているプロジェクトです。それぞれが目線を合わせて、ひとつのプロジェクトを一緒に進めるということは想像以上に難しいです。私にとって、新たな挑戦となることがいくつもあり、このプロジェクトから多くのことを学んでいます。Wacom Yuifyが成功すること自体が本当に素晴らしいことで、私自身の最大のモチベーションになっているのですが、Yuifyを通して得る学びや成長も私にとって大切なモチベーションです。

Avinav: Wacom Yuifyを早くクリエイターに届けたいですね。さまざまなクリエイターとの会話の中で、デジタル著作権に関してどのような課題に直面しているのかを学んできました。Wacom Yuifyが提供するソリューションが、単に会社の売上を立てるためのものではなく、実際にクリエイターのデジタル著作権の保護に役立つものであるということが、開発を進める大きな支えになっています。


開発を次のステップに進めるための課題は何でしょうか?

Avinav: 目標とする形にするためには、プロセスのエコシステムが必要だと考えています。石井さんの話にもありましたが、Wacom Yuifyの実現には、さまざまなパートナーの協力が必要です。それぞれ異なる利害関係、ビジネス上の目的や優先順位があり、協業には多くの時間を費やします。Wacom Yuifyは、新しい技術を採用し、これまで解決されてこなかった課題に取り組んでいます。非常に挑戦の多いプロジェクトですが、目指すべき道を歩んでいると感じています。そして、このチームはその挑戦を受けるにふさわしいチームだと思っています。

石井: 私もそう思います。私たちが最終的に目指す形でサービスを実装することができれば、Wacom Yuifyは非常に意味のある体験をお客さまにお届けできると信じています。


   
 石井亮次  Avinav Khanal

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